坊っちゃん 夏目漱石
2022/05/03(火)
親譲おやゆず
りの無鉄砲むてっぽう
で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰こし
を抜ぬ
かした事がある。なぜそんな無闇むやみ
をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだん
に、いくら威張いば
っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はや
したからである。小使こづかい
に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼め
をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴やつ
があるかと云い
ったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。 親類のものから西洋製のナイフを貰もら
って奇麗きれい
な刃は
を日に翳かざ
して、友達ともだち
に見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲こう
をはすに切り込こ
んだ。幸さいわい
ナイフが小さいのと、親指の骨が堅かた
かったので、今だに親指は手に付いている。しかし創痕きずあと
は死ぬまで消えぬ。
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